多発機パイロットが解説 実はけっこうシビアな片発飛行の話

2020年9月29日航空航空工学,飛行機

エンジンがたくさんあれば安全?

その辺の飛行機解説の人がよく言っている「多発機(双発機)はエンジンが一つ止まっても飛行可能だから安全」という話に違和感を感じます。

エンジン停止時の飛行に関しては多発機の免許を取る際に試験で行われるので何度も練習していますが、この状態が安全というのは違うと感じます。

航空機の設計上は確かに片発飛行できるように作ります

しかしそれが即安全というわけではありません。安全に着陸できるかはその時の状況とパイロットの対応にかかっています。

安全が幾重にも担保されている旅客機であっても決して片発が”安全”というわけではありません。(もちろん危険というわけでもありません)

では、その辺の記事に書かれている設計上安全とは実際にはどのような意味なのでしょうか?

双発機における設計基準の話

航空機の設計に関して、日本国内においては耐空性審査要領に定められています。

しかし、片発時の性能基準に関しては耐空性審査要領の試験で定めた状況における内容のみで、全ての状況において同じ性能とは限りません。

フラップの位置やギアの状態が違っていれば必要な巡行性能が出なくなる事もありえます。

必要操作に関しても自動化されているとは限らず、航空機の特性によって取るべき操作が変わっています。

また、飛行高度によっては片発になった時点で水平飛行が維持できなくなる事があります。空気が薄く必要なエンジンパワーが出せないときは、降下しながら速度を得るしかありません。この降下はドリフトダウンと呼びます。

ドリフトダウンについて

航空機は飛行可能な高度が決まっています。エンジンのパワーやプロペラとジェットの違いなどの機体の制限や気温、湿度などの環境要因からその時飛行可能な最大高度は決まります。

この最大高度は当然片発となった時点で低くなります。今までつかえていたパワーが無くなった分、空気が薄い上空で飛ぶ事は困難になります。

もしも飛行時の高度がこの片発で飛行可能な高度より高かったときは、先ほども書いた通り片発で飛行可能な高度まで降下するしかなくなります。

この降下の事をドリフトダウンと言います

この時の速度は片発不作動時における最良上昇率速度(短い時間でよりよく上昇する速度)となります。

最大揚力を発生させることができる速度で降下率を小さくし、飛行可能な高度まで降下します。

飛行機の性能はどのくらい落ちるの?

たとえば2機のエンジンを積んでいる航空機であるとして、片方が動かなくなった場合の性能はどのように落ちるのでしょうか?

これも多くの人が勘違いしているようですが1/2などという事はありません。

というのも、今まで推力を生み出していたエンジンが完全な抵抗になってしまうため、実際には航空機の性能はかなり落ちるとみるべきです。

ほとんど降下と着陸しかできないと考えるといいのではないでしょうか?

確かに片発でも離着陸や巡行は可能ではありますが、可能ということと安全に飛行可能という事には大きな隔たりがあります。

実際にどのようにすれば片発で飛行可能なのか解説します。

間違いだらけの片発時の操縦

一番多い間違いが片発時に翼を水平にしてラダーを踏み込めばまっすぐ飛べるという勘違いです。

これは非パイロットの解説ブログなどで多くみられて気になっている記述なのですが、航空機は必ずしもそのように設計していません。

耐空性審査要領においては臨界発動機不作動時において5度以内のバンクを取って危険な挙動をしない。15度以内のバンクで旋回が可能な事という規定があります。

ラダーによって進路を維持した水平飛行を行う際の特性は確認されていません。

特に水平での片発飛行は、揚力成分をラダーで消費してしまうため、失速しやすくなり危険が増してしまいます

 

大半の解説系記事においては耐空性審査要領も航空機の特性も知らずになんとなくで書かれているためか水平にするのが正しいかのように書いています。

実際にはそれぞれの航空機ごとに片発不作動時、取るべき対応が異なっており、飛行規程で確認しなければなりません

一般的には作動しているエンジン側へ2度のバンクと1/2~1/3程度ボールを寄せた状態になるとされています。

とっても怖い離陸直後のエンジン故障

いろいろあるエンジン故障のタイミングで一番怖いのは離陸直後のエンジン故障です。

位置エネルギーが全く無く、速度自体も上がりきっていないという最悪の状態です。

この時にパイロットが取らなければならない行動というのはやはり飛行規程(チェックリスト)に定められていますが、一瞬の操作の遅れが事故につながりうる状態なので初動対処に関してはパイロットは暗記した状態で行います。

具体的な手順は航空機により違いますが共通しているのは片発時の最良上昇速度を維持する事と出力を最大にし、故障側のエンジン抵抗を減らす事です。

特にパワーオンで上昇しているときはPファクターやモーメントの影響が現れて機体を偏向させやすく、自分の進路を維持するのが難しくなるため、進行方向の維持も必要となります。

航空機自体の性能を維持したまま離陸を継続するためには適切な操縦が求められると言えます。

カラス君はどう?

僕も双発機のライセンスを持っていて片発での訓練はたくさんやりました。

訓練ではどちらか片方のエンジン出力をアイドルくらいまで下げて行います。それでも夏場の離陸や飛行の練習はかなりシビアです。

 

また、シミュレータでは実際にはできない危険な状況を再現して飛行する事ができます。

たとえば空中で燃料を満タンにし、気温を上げて高高度で片発を完全にカットという事も試しました。

この時は当然水平飛行すらできず、ドリフトダウンしましたが、気温と燃料の重さで水平飛行になるまでにかなりの降下を要しました。

また、気温を高くしておくとゴーアラウンドも全く上昇しなかったのが印象的でした。

まとめ

飛行機はそもそも意味があってエンジン数を決めているので一発壊れたくらい平気というわけではありません。

現代の技術においてはエンジンが故障しても戻ってきて着陸はできるように設計されています。

だからといって必ずしも安全な状態ではなく、パイロットには冷静な判断と対応が求められることに変わりはありません。

 

 

 

広告